Munya Kunzo

知性を扱うなら、まず測らなあかん

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Munya Kunzo
Mar 16, 2026
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前回、ワイはこう書いた。
言語を中心に置いたまま、
知性を定義してよいのか。

その問いに引っかかったまま、
ワイはもう一つ考えた。

もし知性が、
身体や情動を含む多層構造やとしたら、
その下の層はどう扱えばええんやろうか。

言語なら扱える。
LLMはまさにそれをやっている。

でも身体や情動は、
言葉になる前に動いている。

石膏ボードを担ぐとき、
判断は言葉より先に起きる。

武術の稽古でも同じや。
身体が整うと、集中力や記憶力まで変わる。

つまり

理解
↓
言語

やなくて

身体
↓
情動
↓
理解
↓
言語

という順番なんや。

ここで一つ、単純な疑問が出てくる。

言語の前にあるものは、どう扱えばええんやろうか。

言語は記録できる。
文章として残る。

せやけど、
情動や身体状態はそうはいかない。

それは瞬間的で、
連続的で、
言葉になる前に消えていく。

もしAIが知性を扱うなら、
…

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